企業の地下水利用にも影響か
リニア中央新幹線工事に伴う大井川の流量減少問題を巡り、ネット上には「静岡県がごねている」「静岡県のせいでリニア開業が遅れた」「静岡県にはリニアの駅がないから」という批判のコメントが相次いでいる。
それに対して、現地で茶農家を営む男性に話を聞くと、
「大井川流域で生活する人にとって、リニアの問題は死活問題なのですが、知事の高圧的な物言いが災いし、県外の方からすると、単にわがままを言っているようにしか聞こえないのが残念です」
と語る。
静岡県の人口の6分の1に当たる62万人が大井川流域に住み、その人たちが使う水道水は大井川の水だ。工業用水、農業用水(灌漑される農地面積は水田と茶園を主体に1万2000ヘクタール)も大井川の恩恵に預かっている。
また、島田市、藤枝市、焼津市などが位置する下流の扇状地では、企業の地下水利用も盛んだ。約430の事業所が、約1000本の井戸を設置する。
上図のエリアは、静岡県が定める「地下水条例」の指定地域であり、採取者には以下のような「地下水採取者の責務」が求められている。
地下水採取者の責務
1.揚水設備設置の届出
2.取水基準の遵守
3.水利用の合理化及び他の水源への転換努力
4.地下水利用対策協議会への加入
5.水量測定器の設置及び採取量の報告
なぜ、このような責務が定められているのか。
指定地域とは、過去に過剰な地下水の採取により、地下水位の異常低下(井戸涸れなど)や塩水化(海水の浸入)といった地下水障害が発生したところ。つまり、水がふんだんにあるというわけではない。
地下水を採取する工場の関係者に話を聞くと、
「節水などさまざまな努力を行いながら地下水を使用しています。だからこそリニアのトンネル工事は心配です。上流部で地下水量が減ったり、地下水の流れが変わったりすると、いま使用している井戸が水枯れを起こすかもしれません」
と語る。
少なすぎる水、多すぎる水と農業
静岡県内を流れる大河川には共通する特徴がある。河川勾配が大きく、流れが早い。その水流によって砂や礫が大量に流され、河口付近に三角州や扇状地が形成される。古来からこの肥沃な土壌の恩恵を受け、農業が盛んだった。
大井川流域の平野部には、江戸時代の新田開発を通し、水田地帯が形成された。しかし、新田が増えるほど必要な水量も増え、また、元々水がしみ込みやすい地質であるため、しばしば水不足に陥った。
同時に「多すぎる水」に苦しんだ。大井川は暴れ川である。洪水が起こる度に開墾した田畑は水に浸かり、水門や用水路は甚大な被害を受けた。水不足と同時に、洪水からの復旧作業に負担を強いられたのである。
農業者の水との格闘は、昭和22年に着工した「大井川農業水利事業」が完工されるまで続いた。
電力会社との水利権争い
その後も水力発電など水利用の変化に伴い、大井川の水不足は続く。
昭和30年代、国策で水力発電所とダムが相次いで建設された。大井川の本線だけでも田代ダム、大井川ダム、奥泉ダム、井川ダム、畑薙第二ダム、畑薙第一ダムが建設された。水を有効利用するため、発電所間が導水管で結ばれ、奥泉ダムより川口発電所に至るまでの区間で発電を行った後、放流された。
そのため、上、中流域の河川流量は減少し、渇水期には地下水位が下がったり、川霧が立たないため、お茶の生産にも影響が出た。当時を知る人は、
「1980年代後半の大井川は『水無し川』とか『河原砂漠』と呼ばれていました。中流の約22キロは渇水期に水が流れませんでした。子どもの頃に、泳いだり、魚を取ったりした大井川とはまったく別物でした」
という。
1988年、2つの発電所が30年に1度の「水利権更新」を迎えたのを機に、中流域の住民は「大井川に水を返せ」の運動を展開し、中部電力、建設省(当時)、静岡県に陳情し、その結果として、毎秒0.1立法メートルの流量改善につなげた。大井川に水が戻ったのである。
新東名高速のトンネル工事で失われた水
トンネル工事によって水が枯れたという経験もある。
掛川市東山の粟ヶ岳の中腹には地下水が湧き出る水源がいくつもあり、1954年頃に約35世帯で簡易水道組合を発足し、生活用水を確保していた。毎分200リットル以上の豊富な水が湧き出るため、他の地区にも供給したほどだ。
ところが、新東名高速道路金谷トンネル(4.6キロ)の掘削工事が始まると、2000年5月、水は忽然と姿を消した。工事によって地下水脈が変わったとされている。事業者の中日本高速道路が止水工事などを試みたが、湧き水が戻ることはなかった。
現在でも大井川流域は水豊富というわけではない。大井川は深刻な渇水が頻繁に生じる河川であり、26年間で22回の節水対策が必要だった。直近でも2018年12月27日から2019年5月22日まで節水対策を実施している。
こうした経験をもつ大井川流域の人びとが、リニアのトンネル工事を不安に思うのは当然だろう。
島田市に住む男性は「『静岡県がごねている』と言われますけど、私はもっとJR東海にきちんと説明してほしい」と言う。
2013年9月、JR東海が「大井川本流で流量が毎秒2立法メートル減る」という予測を発表した。1立法メートルが家庭用の風呂桶5つに水を満杯にした量だから、2立法メートルとは家庭用の風呂桶10杯分。それが毎秒減るということだ。
これに対して静岡県は「トンネル湧水をすべて現在の位置に戻すこと」との条件を出し、2018年10月、JR東海は「原則として、湧水の全量を大井川に流す」ことを表明した。
男性は「こうした発言の根拠が知りたい。調査方法や水を戻す具体的な手法が知りたい」と言った。
静岡県とJR東海の対話は「科学的根拠に基づくこと」を原則としているが、南アルプスは地質構造が複雑であり、山体を流れる地下水の全容を解明するのは不可能だろう。「水を一滴ももらさない」、「全量を元に戻す」など、現実とはかけ離れた軽はずみな言葉が、流域に住む人たちの疑念を招いているのではないか。
建設的な議論をどのように行うかが大事なポイントだが、少なくとも大井川流域の人々は「ごねている」わけではない。いまと同じように水が使いたいだけだ。
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July 10, 2020 at 10:00AM
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